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3人のオーリャ、太郎と次郎。
2008/01/28(Mon)
昨日の話の続きになってしまいますが、

Q)皆さんが「原発」という言葉を初めて聞いたのはいつになりますか?
  私は、小学校低学年のころでした。

Q)チェルノブイリ原子力発電所事故のことはご存じでしょうか?
チェルノブイリ原子力発電所事故は、1986年4月26日1時23分(モスクワ時間)にソビエト連邦(現 ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉が起こした原子力事故。4号炉はメルトダウンののち爆発し、放射性降下物がウクライナ・ベラルーシ・ロシアなどを汚染した。事故後のソ連政府の対応の遅れなどが重なり被害が甚大化・広範化し、史上最悪の原子力事故となった。

Q)ベラルーシってどんな国か知ってますか?
ベラルーシって聞いて私が想い浮かべるのは、3人のオーリャ、太郎と次郎。
一緒に歌った「りんごの花ほころび~川面に♪」の歌。

00[1]


事故が起きたその当時の風向きで、隣接するベラルーシ共和国は国土の30%が汚染されました。それから数十年の時が過ぎても、被爆後遺症に苦しむ子供たちがいます。その子供たちのために行われていた被災児保養里親運動に両親が手を挙げたのがきっかけでした。

ベラルーシからやって来た5人のきょうだいたち。

05[2]




3人の女の子と2人の男の子。難しい名前だったから、父親がみんなに名前を付けた。
さくら ゆり すみれ たろう じろう (なんて日本らしい)
言葉は通じないし、お人形さんみたいに肌は白くて髪は金色で。
でもそんなこと関係ないですよね、子供って。
ただでさえ、5人も子供がいた家に5人増えてとても賑やかな夏になった。

01[2]


一緒に食べ、寝て、遊んだ。
でも、ゆりは長い時間日の光に当たると頭が痛いって言うし、
すみれは、住んでいるところでは、木に登ったり河で泳いだりって、親から止められていると言うし。
みんなとっても良く食べるのに、とてもほっそりしていた。
年上なのに、男の子なのにとても小さいなって不思議に思ったり。
でも、そんなことよりも、仲間が増えてとても楽しかったことしか覚えていない。 

08[1]


どうして彼らが遠い日本に来たのか、
「原発」 の言葉だけ覚えている。

いろいろ知ったのは彼らがベラルーシに帰ってからだいぶ経ってからだったと思う。
「原発」についても、「被爆」についても。
事故当時0歳~6歳の子供たちが一番被爆を受けたという。オーリャたちの、私たちの世代だ。子どもたちの中で甲状腺ガンが非常に多く発病したといわれますが、当時は子供たちのも大人用のメスが使われたため、大きな傷あとが残ったり、体内の放射能のために成長がとまってしまったり。オーリャたちは今20代半ばですが、被爆を受けた女性は、子供を産むのも難しい可能性が非常に高いともいわれています。

一昨日、田中優さんのお話を聞いてから彼らのことを考えていました。
今、どうしているかなって。
そして、私が今日からできること、誰でもできることって何かなって。

冬寒くなると、レストランや電車で「ちょっと暑いな」とか、夏は「寒いな」とか。
そんなとき、
「十分温かいので、少し暖房を弱めていただけますか。」
「少し寒いので、冷房を弱めていただけませんか?」
って、声にして伝えること。(なら、すぐに!誰でもできますよね。)
その一声で設定温度が2度下がれば、暖房が5分だけでも停められたら・・・
それをみんながしたら・・・・!!!

→ 小さくても一歩ですよね。 






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